水素を使った燃料電池の現状や将来像とは?…BMW、トヨタの開発担当者が語る
2023年8月7日
BMWは7月26日、BMW GRUP Tokyo Bay(東京都江東区)において、「カーボンニュートラリティのキーテクノロジー~水素の利活用推進~」と題するシンポジウムを開催。水素を使った燃料電池の現状や将来像について、BMWやトヨタの開発者や専門家を交えて講演を行った。
シンポジウムには、BMWグループから水素燃料電池テクノロジー・プロジェクト本部長 ユルゲン・グルドナー氏が、BMWと燃料電池の開発で協業関係にあるトヨタ自動車から水素ファクトリー プレジデント 山形光正氏が、そして水素クリエーター 木村達三郎氏の3名が登壇。シンポジウムのモデレーターは国際モータージャーナリストの清水和夫氏が務めた。ここでは2部構成で開催されたうちの、各人がそれぞれの立場で講演した第1部の模様をお届けする。
◆「燃料電池車技術紹介/欧州での展望」BMW グループ ユルゲン・グルドナー氏
前日25日には、BMWが燃料電池車(FCEV)『iX5 Hydrogen』を用いた実証実験を日本国内で行うと発表。このシンポジウムは、それに伴って開催されたものだ。BMWでは、2050年までに同社が関わるバリューチェーン全体でクライメイト・ニュートラルなビジネス・モデルを達成する目標を掲げているが、この実験車両の投入もその一貫として開発されており、合わせて2023年末まで日本で実施する公道実験の概要を示したものとなる。
そうした中、まずBMWからユルゲン・グルドナー氏が「燃料電池車技術紹介/欧州での展望」と題した基調講演で登壇した。
グルドナー氏が最初に語ったのは、BMWが水素技術を追求している理由だ。それによると、BMWでは過去にICEで液体水素を直接燃焼させて走行する「ハイドロジェン7」プロジェクトを推進したが、この研究によって水素の直接燃焼では効率の面で課題があることがわかったという。さらに水素の貯蔵についても液体よりも気体の方が容易であることも判明。これを踏まえ、開発方針を燃料電池に切り替え、2013年にトヨタ自動車と燃料電池システムの開発で協業することになったのもこうした背景があったとする。
そして、グルドナー氏は2015年のパリ協定で示された「気温上昇を2度以内に下回る程度に抑え、1.5度に近づくように努める」ことに言及。事業を継続するためにはこの実現へ向けて、可能な限りの努力をしていく必要がある。そして、重要なのは「あらゆる技術の活用を踏まえ、商品の利用期間だけでなく素材の掘削から始まり、生産されて使われ、廃車されるまでのすべてのライフサイクルを考慮すべきことだ」と強調した。
現在、脱炭素化に向けては太陽光や風力、水力といった再生可能な発電に注目が集まっているが、グルドナー氏は、「単に電気を作り出すだけでは気候変動などの課題解決には不十分だ。これは2019年にG20大阪サミットに向けて日本政府がIEA国際エネルギー機関)に要請した報告書でも、水素の役割をエネルギーを保管する“エネルギーキャリア”として規定したことがそれを示している」と説明した。
これは言い換えれば、電気は長期保存することが難しいことを示す。つまり、「太陽光が豊富な夏期に発電した電気を水素に変換して冬期まで保存する方法や、水素の新たな輸送システムを開発する必要がある」(グルドナー氏)というわけだ。
さらに水素の役割として、「鉄鋼や製鉄、セメント製造といった産業に向けても、水素を気体のまま燃料として利用する手段も考えられ、その意味で水素は電気に加えてエネルギートランジションを補完するものになる」とも説明した。
FCEVについては「BEVと同様、どちらもモーターを駆動力として使うが、FCEVで唯一異なるのはエネルギーを電気ではなく貯蔵した水素を使うという点」と述べ、「特にFCEVは水素の満充填に3~4分しかかからず、これはガソリンエンジン、ディーゼルエンジンで燃料補給するときと同じような感覚で扱える」とFCEVの使い勝手の良さに言及した。
一方でFCEVでは水素ステーションの設置が欠かせない。その投資には多額の費用が必要となるが、米マッキンゼーの試算によれば、2050年に公道を走る全車両がBEVになった場合の固定資産投資総額を100とすると、FCEVを一部に加えたケースでは、割合が低い場合で投資総額の20%、割合が高い場合で投資総額を34%低く抑えられるとしている。
グルドナー氏はこの評価について「水素ステーションの設置はインフラコストを含んだとしてもBEVだけを普及させるよりも経済性で優れていることを示している」とし、一方で「水素ステーションの整備は、商用車向け/乗用車向けを別々に用意するよりも1つに集約する方が強固な送電施設や変圧器を併用できるようになるため、もっとも費用対効果が高まる」と分析した。
実験車両 iX5 Hydrogenは、BMWグループとしての電動化戦略の中では、BEVにおける『MINI E』『BMW Active E』などと同様の“パイロット車両”と位置付ける。グルドナー氏は「この車両を世界各地のユーザーが様々な環境下で体験することで、より多くのフィードバックを収集できることを期待している」と述べ、BMWとしては完全電動化に向けてBEVを組み合わせる合わせ技でFCEVを市販化するタイミングを検討していく考えを示した。
◆「水素関連技術紹介と将来戦略」トヨタ自動車 山形光正氏
続いてトヨタ自動車の山形光正氏が「水素関連技術紹介と将来戦略」と題して基調講演を行った。その中で山形氏が最初に述べたのは、6月からスタートした佐藤恒治社長による新体制で掲げた「Toyota Mobility Concept」のテーマについてだ。
山形氏は、「トヨタではそのコンセプトに基づき、“クルマの価値の拡張” “モビリティの拡張” “社会システム化”の3点を軸に従来の自動車会社からモビリティカンパニーへの変身を進めている」とし、「その技術の確立として“電動化” “知能化” “多様化”について様々なパートナーとの協業を進め、水素は電動化につながる技術として捉えて臨んでいる」と述べた。
「この電動化でトヨタが採っているのは“マルチパスウェイ”であり、世界中の様々な環境下にいるユーザーのニーズに対応すべく多彩な技術を準備している」と述べた。その一方で、「最近、FCEVは商用車を軸に話が進んでいるが、それは乗用車向けが終わりということではない」とも言明した。その根拠として山形氏が強調したのは水素量の拡大を図る必要があるということ。つまり、大型車は走行するのに多くの水素を使うが、大型車でFCEVが増えれば消費は自ずと増え、それがビジネスモデルとして成立しやすくなる。その結果、乗用車のFCEVにもメリットがもたらされるとの考え方だ。